日本に学べ、中国のエイズ・B・C型肝炎事情

今日は早稲田大学と地元のエイズ患者支援NGOこと「東珍」の主催する日中薬害裁判交流会に行ってきた。日本と同じ轍を踏まないよう、中国の関係者と経験交流するのが目的だ。

中国のHIV(エイズウィルス)感染者は推測で70万人、10月末の政府公認データでも約43万人に達した。今現在中国の発病者の大多数が副作用の強い廉価な薬で命をつないでいる。「家族も非常につらい思いをし、一生懸命生きている」と自身も患者で河北省で患者支援をしている男性は語った。

一方、B型肝炎感染者は推測で1億人、そのうちの約1/3は70年代の国定予防注射の際、針の回し打ちで感染した。政府も基本的事実は認めている。日本も60年代に同様の予防接種の際の怠惰によってまん延し、150万人が感染した過去があるがその裁判から全面解決まで18年もかかったという。

日本からはこれらの薬害裁判に長年かかわった迫田弁護士夫婦が参加。裁判の経過のみならず、その際の「工夫」や勝因について語ってくれた。

中でも、被害者個人の訴訟を通じて、(直接関与した医療機関ではなく)国の責任を問うことで、(原告のみでなく、患者全体をカバーする)政策変換を促すアプローチを強調。また、裁判で勝てる原告の選定や、賠償額を均一化することによる集団訴訟内での内ゲバ防止策などが大きな決め手となったという。これらの「知恵」は60年代からの環境汚染裁判など先輩弁護士の経験によるところが大きいと両弁護士はいう。

その比較で中国で問題なのはやはり「公」の空間の欠如だ。現状では個人の患者が個人の賠償を個別の直接関与した地方病院に対して行っている。「ごね得」とは中国の普遍的な一般法則を表しているが、まさに過激な手段で大騒ぎした人(河北省の例では医院長を人質にガソリンをまいて立てここもった被害者)にだけ、気休め的な賠償(このケースでは2万元)を出し、お茶を濁すというのが慣例だ。そもそものお上の責任、政策には及ばずせっかく裁判で獲得した賠償権利もごく少数の「うまいこと得をした人のもの」と化してしまう。患者グループ全体や国民運動への広がりはそこには生まれない。

今目の前で苦しんでいる被害患者を裁判で救おうと考える時、「国の責任の追及を通じた政策転換」は一見遠回りのように見える。しかし「個人の個別賠償」という枠を超えて、公共のあるべき原則を訴えてこそ社会の広い層からも支援を得られる。そしてそれが運動となり、行政・司法を動かす重要な機動力になって連鎖反応を引き起こしていく。日本のケースはそのことを如実に語っている。

中国では裁判所は独断で裁判の受理さえ拒否できる。まず、受理してもらうまでが大変だ。また、たとえ賠償責任が言い渡されようともその後の賠償不履行は日常茶飯事。弁護士に対する露骨な権力からの圧力もここではありふれた出来事で、まだまだ日本とは比較にならない「きびし〜い」部分も多い。

とは言え、日中も原則では同じ。権力というものは常に「可能でありさえすれば」自分の罪は認めないという本質だ。下からの突き上げがあってこそ動くのは日中の薬害裁判のケースでも共通している。

中国で危険を冒しつつも勇敢に一歩ずつ前進しようとする実務者たちが日本の経験を活かしてくれることほど素晴らしい日中交流は無いだろう。こんな人達がいて、こんなことも起きている、これもまた今日の北京である。