「習近平の政治思想」を読んで

加藤隆則著の『習近平の政治思想』を読んだ。非常に参考になった。良くまとまっていて、いままで薄々感じていた習政権後の一連の変化の方向がくっきりと見えてきた。

本では彼が革命世代の父親の文化を背負い、また、それを受け継ぐことを使命としていると紹介。父親は文革の政治闘争で牢獄につながれひどい目に会いながら、最後まで「不同意見保護法」の設立(しなかったが)をめざし、多様な意見の言える社会や政治改革をめざした開明派の人格者だったという。

それに対して、息子の習は「毛や訒の強者の統治思想に従い」知識人への締め付けを強め、伝統文化や抗日戦線勝利の歴史を通して党と国を束ねようとしていると指摘する。

彼が様々な面で国を安定するために毛を習い、国内の民主化などを求める声は全て「敵対勢力」による陰謀として弾圧し、「利益と愛国の両輪によって疑似軍事体制は守られる」、という。

一番気がふさぐのがネットと知識人への圧力、つまり思想空間の政治化だ。これまで中国は決して自由ではなかったが、それでも、「前と比べれば良くなっている」という改善傾向がプラス材料としてあった。

ところが、腐敗対策やらで(それは必要なことで支持したいが)安定が第一となった今、なりふり構わずに半世紀前の前近代的方法で人々をまとめて導こうとする、というのは如何なものか。

本当に息苦しい。休み前には100本のアニメが見られなくなり(私は影響はないが)、清明節という日本のお盆的な祝日でも、抗日革命戦士を弔う愛国の日となり、地下鉄では平気で道行く人を尋問する警察が登場している。

これは偶然ではなく、全て習が推し進めている新しい彼の政策の結果だ。表向きは民主などと言いながら、政府と意見の違う人が生きる空間はどんどん狭められている。

ましては日本となると、砂のようにバラバラになったこの国の接着剤として抗日の歴史を大々的にキャンペーンするという。

とはいえ、経済はもう自立的な世界を気づきつつあるし、文化など様々な分野もあるし、中国の中産階級も成長し、普通の市民も出てきている。これらは政治に巻き取られない自律的な空間を持ちつつある。

その辺に期待したいところだが、あまり楽観的な気分にはなれない。それにしても、この本は実に有益、断然おすすめの一冊だ!

これ、本日の北京の読書なり