マナー専門家の怪しさ

最近、日中の家族観の違いからトラブル発生。

実の親だから気を許して甘えてしまっていたら、突然親から「親しい仲にも礼儀あり」「折り目正しくあれ」と御叱りが。

意味は分かるし、なるほど、そう考えるかということで、自分の想像力不足を謝罪し、かつ、改めて正式にご協力をお願いして、修正を試みているが、どうなることやら。

日本のネットを見ていたら、似たような世代間トラブルがあった。『プロが伝授する、里帰り出産のマナー』という記事があり、「娘と言えども結婚したら別世帯。親に世話になる時は1月3万円程度のお金を入れるのは当然」とあり驚いた。

イヤハヤ。勿論、里帰りを受け入れるかとか、どの位受け入れるか(分担するか)とかは個別に話し合えばいいと思うけど、そんなにしゃっちょこ張る必要あるのかな?

因みに中国では家族プロジェクトとという意識が強いし、友達どうしても、家族でも仲が良い人にはとことん付き合う。人に頼りにされるのは名誉でもあり、その時どの位「一肌脱げるか」が人間の価値といっても大げさではない位、親しい人に頼る、頼られるという関係を活かすことを重視する。

例えば、出産などの時に親に手を貸してもらうのも極自然の流れ。親しい者同士では逆にありがとうは要らない。阿吽の呼吸がある。言わなくてもそれを胸に秘めておいて、いつかその恩は返すというのが中国風。

悪用されると、じゃんじゃか親戚が芋づる式に押しかけてきたりと大変だし、いいことばかりではないが、中国風の濃い関係も、良く動けば、これはなかなか大人の味のある関係で、自分も成長させられる。大事な人から自分が必要とされるのはまんざら悪いことではない。

こんな濃い関係になれちゃって、いざ、日本風に親から「親しい仲にも礼儀」なんて言われちゃうと、何とも寂しいものだ。向こうの理屈も気持ちも分かるが、そこで、なぜ怒る?

家族を支援したいという気持ちはあるのだから、あとは、具体的にどこまで、という事を対に話し合えば良いだけじゃないかな。

マナーの専門家とかカリスママナー講師とかを見たが、本当に、こういう人が却って内容のある人間関係をカタチばかりの空っぽなものにしているように見える。人それぞれ違うし、事情も違うのだから。お礼の手紙の例文まで載っていて、マニュアル化された「完璧な」お礼や「マナー」こそ、相手をバカにしているのではなかじゃろか?

これ、本日の東京の景色なり。