ワンさんの銅製中華鍋

もう一つ、ワンさんの家に行った時の事。この日は地元の味、ジャージャー麺の作り方を伝授してもらいに行った。

ワンさんの料理は全て目分量。何とも冷や冷やさせられる。適当よ〜、大体よ〜と言うワンさん。それでも出来上がったものはいつもおいしい。

ワンさんとはいつも我が家のキッチンでは一緒に料理をしている。ワンさんに夕食を任すことも多い。でも、この日は私がワンさんの厨房に入ってジャージャー麺の味噌を炒めた。

ワンさんは撮影に駆りだされてしまったので、私が味噌が焦げないように見張っていなくてはならなかったからだ。ワンさんのキッチンは確かに小さくて、二人入ったらほとんど身動きとれないサイズだ。地べたにエコサイズの大きな調味料や油のミニ樽が無造作に置いてある。

鍋を任されて焦がすまいと鍋の底をこそげとっていると、はたと、このワンさんの中華鍋は年季が入っていて、何とも愛らしい形であることに気がついた。上3分の1位は黒く油垢がこびり付いているが、内側の食べ物を炒める部分は金色の銅の生地が見える。これは手打ちの銅製の中華鍋だ。我が家の中華鍋より少し小ぶりだが、深い丸みに何とも愛着を感じる。

後からワンさんに聞いたところによると、結婚直後にこの胡同の道端で売っている商人から30数元で買ったと言う。当時は銅製のフライ返しも付いていたが、そちらはもう使えなくなった。鍋だけは現役で、100回使っても一度も壊れないとワンさんはいう。

しかし、昔のある日、この鍋に小さい割れ目があり、スープが漏るのを発見。「それでも気にせずに使っていたら、漏らなくなった」とワンさんは笑いながら言う。ワンさんのこの大らかさで穴も塞がったと言うことだろう。

油が煉瓦の壁に飛び散ったワンさんのキッチンに一人で立ち、金色の丸い中華鍋の底をこそげとっている時、ふと、ああ、ワンさんは、我が家でご飯を作った後、自分の家に戻り、この鍋を使って、この台所で食事を作って食べていたんだな、と初めて考えた。10年近くもほぼ毎日自分の家の事を手伝ってもらってきたのに、今日まで、ワンさんの生活の一部については全く知らなかった。何だか悪いような、知らなかった自分が恥ずかしいような気がしてきた。

そう思ってもう一度この銅鍋を眺めると、益々この鍋は味があり、愛らしく、そして貫録がある。さすがワンさんの鍋である。

これ、本日の北京なり